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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)1510号 判決

原告 株式会社 アラスカ興業

右代表者代表取締役 疋田悦巳

右訴訟代理人弁護士 赤井文彌

同 船崎隆夫

同 生天目巖夫

同 岩﨑精孝

被告 日魯漁業株式会社

右代表者代表取締役 加藤琢治

右訴訟代理人弁護士 田辺恒貞

同 阿部隆彦

同 関根裕三

同 田中治

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物について京都地方法務局昭和五〇年三月四日受付第六四一一号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の所有者である。

2  被告は本件建物につき請求の趣旨第一項記載の抵当権設定登記(原因 昭和四九年一一月三〇日金銭消費貸借同日設定契約、債権額金八六一万四六〇〇円、以下「本件抵当権設定登記」という。)を有している。

3  したがって、原告は、被告に対し、本件建物について

本件抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の各事実は認める。

三  抗弁

1  被告は、昭和四九年一一月三〇日、株式会社朝日屋商店(以下「朝日屋商店」という。)及び株式会社アラスカ商会(以下「アラスカ商会」という。)との間で、次の契約をした(以下「本件三者契約」という。)。

(一) 朝日屋商店は、アラスカ商会が被告に対し負担している子持コンブ買掛金の一部である金八六一万四六〇〇円を引き受ける(以下「本件買掛金引受債務」という。)。

(二) 朝日屋商店は、引き受けた右債務を、金額を金九〇〇万円とし、右同日付で消費貸借の目的とする(以下「本件準消費貸借契約」という。)。

(三) アラスカ商会は、被告に対し、右借受金債務を担保するため本件建物に抵当権を設定する義務を負担する。

2  そこで、原告は、アラスカ商会の要請を受け、被告と本件抵当権設定契約を締結し、昭和五〇年三月四日本件抵当権設定登記手続をした。

3  したがって、本件抵当権設定登記は適法なものであり、原告の請求は理由がない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、冒頭の事実(三者契約の内容は除く。)及び(一)の事実は認め、(二)の事実は否認し、(三)の事実中アラスカ商会が被告のために本件建物に抵当権を設定する義務を負担したことは認め、右抵当権の被担保債権が本件準消費貸借契約上の借受金債務であることは否認する。

本件抵当権の被担保債権は本件買掛金引受債務である。

2  同2の事実は、被担保債権の内容を除いて認める。

五  再抗弁

1  (錯誤)

(一) 原告は、被告に対し、昭和四九年一二月中旬ころ本件抵当権設定登記手続の委任状(以下「本件第一委任状」という。)を、昭和五〇年三月初めころ本件第一委任状の不備を訂正した本件抵当権設定登記手続の委任状(以下「本件第二委任状」という。)を各交付した。

(二) しかしながら、原告は、本件三者契約に基づき、本件抵当権設定の仮登記をすることを承諾しただけであり、抵当権設定の本登記をする意思はなく、本件第一及び第二の各委任状を右仮登記手続用のものと誤信して被告に交付したものである。

したがって、右第一及び第二の各委任状は二通とも原告の錯誤に基づき作成交付されたもので、ひいては本件抵当権設定登記は原告の要素の錯誤に基づいて行われたもので無効である。

2  (消滅時効)

(一) 原告は小売市場の建設及び興業並びに不動産の売買、賃貸借及び管理等を目的とする株式会社であり、アラスカ商会は食料品の販売を業とする株式会社で、朝日屋商店はアラスカ商会と食料品の取引を行っていた株式会社である。

(二) そこで、仮に、被告と朝日屋商店との間で本件準消費貸借契約が成立し、右準消費貸借契約上の被告の債権の弁済期日が、その支払のために同商店がアラスカ商会に対し振り出し、同商会が被告に対し裏書譲渡した約束手形二通(満期昭和五〇年二月一五日、額面金四四五万四八〇〇円のもの一通、満期昭和五〇年三月一五日、額面金四五〇万六一六八円のもの一通、以下「本件約束手形二通」という。)の後に到来する方の満期まで猶予されたとしても、右昭和五〇年三月一五日から既に五年を経過した。

(三) 原告は、本訴において右時効を援用する。

六  再抗弁に対する認否

1(一)  再抗弁1の(一)の事実は認める。

(二) 同1の(二)の事実は否認する。

なるほど、本件三者契約において本件抵当権設定の仮登記をする旨の約定があるが、右約定は終始仮登記で済ませる趣旨ではない。すなわち、右約定は、必要に応じて本登記にするという前提のもとに、登記費用が安く済むということから登記手続費用の負担者であるアラスカ商会のためにとりあえず仮登記をするという趣旨に基づくものに過ぎない。

そして、本件三者契約は、正式の契約書は後日作成することになっていたので、被告が昭和五〇年一月ころその案文をアラスカ商会に送付したところ、右商会は理由もなく押印を引き延ばしたので、被告は、かかる状況では便宜的に仮登記で済ませることはできないと判断し、本来の趣旨にそった本登記をする旨アラスカ商会に連絡し、最終的に右本登記をする旨の了解を原告から得たものであって、原告には右抵当権設定登記手続をすることに錯誤は存しない。

2(一)  再抗弁2の(一)の事実は認める。

(二) 同2の(二)の事実中、朝日屋商店が本件約束手形二通をアラスカ商会に対し振り出し、同商会が被告に裏書譲渡したこと、昭和五〇年三月一五日から既に五年を経過したことは認め、右約束手形二通の振出しの原因関係が支払のためであったことは否認する。右約束手形二通の振出しは、本件準消費貸借契約上の債権の担保ないし証拠のために行われたものである。

七  再々抗弁(援用権の喪失)

原告は、昭和五四年一一月六日ころ、被告に対し、同日付の「保証債務弁済通知書並びに抵当権抹消依頼書」と題する内容証明郵便(乙第五号証)で、被担保債権の存在を承認し、物上保証人として代位弁済をするので、本件抵当権設定登記を抹消して欲しい旨の申込みをしている。

右の申込みは、仮に時効が完成したとしても、時効の利益を放棄したというべきで、仮に時効の完成を知らなかったとすれば信義則上以後時効の援用をすることは許されないものというべきである。

八  再々抗弁に対する認否

原告が、昭和五四年一一月六日、被告に対し、被告主張の内容証明郵便を送付した事実は認め、その余の事実は否認する。

右内容証明郵便の送付の趣旨は、被告が本件抵当権の被担保債権につき全部弁済の提供を受けてもこれを受領拒絶し、右抵当権設定登記の任意抹消に応じないという態度であったので、第三者弁済につき利害関係を有する物上保証人が弁済をすることを条件に右登記の任意抹消の意思の有無の回答を求めたものであって、右被担保債権の存在を承認したわけではない。

したがって、原告が被告に対し右内容証明郵便を送付したからといって、時効の利益を放棄したことにもならず、以後右時効の援用が許されなくなるわけでもない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について検討するに、抗弁1の冒頭の事実(三者契約の内容は除く。)、同1の(一)の事実及び同1の(三)の事実中アラスカ商会が被告のために本件建物に抵当権を設定する義務を負担した事実並びに同2の事実(被担保債権の内容は除く。)は、当事者間に争いがない。

そこで、抗弁1の(二)の事実並びに同1の(三)、同2の各事実中の本件抵当権の被担保債権について判断するに、《証拠省略》並びに右争いのない各事実を総合すると、朝日屋商店が被告に対して引き受けた債務は、その実質はアラスカ商会が被告に対し負担していた子持コンブの買掛金の一部である金八六一万四六〇〇円であるが、右引受日である昭和四九年一一月三〇日、右引受債務を、金額を金九〇〇万円とし、被告に対する借受金債務の形式にすることに、右同日被告、アラスカ商会、朝日屋商店との間で合意が成立し、被告は、担保提供義務者のアラスカ商会を通じて原告から本件準消費貸借契約に基づく借受金を被担保債権とする抵当権設定契約の締結の承諾を得たことが認められる。すなわち、抗弁1の(二)の事実並びに同1の(三)、同2の各事実中本件抵当権の被担保債権が本件準消費貸借契約に基づく金九〇〇万円の借受金債務であることが認められる。

したがって、抗弁は全部理由がある。

三  再抗弁について検討する。

1  再抗弁1(錯誤)について

(一)  同1の(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  次に、同1の(二)の事実について検討するに、《証拠省略》並びに右(一)の争いのない事実並びに前記二の争いのない事実及び認定を総合すると、

(1) 昭和四九年一一月三〇日の被告アラスカ商会及び朝日屋商店間の本件三者契約において、アラスカ商会が、朝日屋商店の被告に対する本件借受金債務を担保するため、原告所有に係る本件建物に抵当権を設定する義務を負担したが、被告は、当時手形決済資金にも窮していたアラスカ商会の登記の登録免許税の負担を軽くするために、将来はともかく、とりあえず、仮登記で済ませることとしたこと、しかしながら、右三者契約では本登記をしない旨の特約は存しなかったこと、

(2) 右三者契約の際、契約書は後日正式に作成することとする、本件抵当権設定請求権仮登記手続に必要な書類は直ちにアラスカ商会が被告に送付することとなっていたにもかかわらず、同商会が送付してこなかったので、被告において仮登記でなく本登記をする必要性を感知し、仮登記の約定を本来の原則に立ち返り本登記手続をすることに改めて、本件三者契約を書面化し右書面をアラスカ商会に送付し、調印を求めたところ、右調印も得られなかったこと、

(3) そこで、被告において、アラスカ商会に仮登記の約定を本登記手続をすることに改める旨の説明をした上、本件抵当権設定登記手続に必要な委任状の送付を求めたところ、まもなくの昭和四九年一二月中旬同商会から本登記手続用の原告の本件第一委任状の返送を受けたこと、しかし右第一委任状には、債務者朝日屋商店の表示がなく、被担保債権額が本件三者契約における金額九〇〇万円と一致していたが、その旧債務である本件引受金債務の金額八六一万四六〇〇円と一致していなかったため、右各訂正を求めたところ、昭和五〇年三月初めころ右要請に合致した本登記手続用の原告の本件第二委任状をアラスカ商会から得たこと、

(4) 右各委任状には、その登記目的が抵当権設定登記とされており、原告の記名捺印が存すること、右抵当権設定をするについてアラスカ商会と原告の代表者が共通となることから原告の取締役会の承認を経ているが、特にその登記を仮登記に限定するような制約も付されていないこと、

(5) 本件登記の申請手続は原告と代表者を共通にするアラスカ商会の指示により同商会の専用の司法書士が行っていること、本件抵当権についての本登記の登録免許税は仮登記の場合に比して桁違いに高額であるところ、右免許税はアラスカ商会の負担となっているにもかかわらず、本件登記後直ちにはアラスカ商会ないし原告から異議が述べられなかったこと、

の各事実が認められる。

右各認定を総合すると、原告は、被告が右(二)の事情から本件登記手続を求めていることを承知の上で、被告に対し、本件第一及び第二の各委任状を交付したものと認められる。

右認定に反する甲第一号証の一(通知書)及び同第四号証(調停申立書)は、原告側の主張を記載した文書に過ぎず右認定を左右するに足りない。

したがって、右第一及び第二の各委任状が原告の錯誤に基づき作成、交付されたものとは認められず、再抗弁1の(二)は理由がなく、結局再抗弁1の主張は理由がない。

2  再抗弁2(消滅時効)について

(一)  再抗弁2の(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  同2の(二)の事実中、朝日屋商店が本件約束手形二通をアラスカ商会に対し振り出し、同商会が被告に裏書譲渡したこと、昭和五〇年三月一五日から既に五年を経過したことは、当事者間に争いがない。

被告と朝日屋商店との間で本件準消費貸借契約が成立したことは、前記二で認定のとおりである。

本件三者契約の内容を文書化したものである《証拠省略》には、本件約束手形二通を本件準消費貸借に基づく本件借受金債務の支払のために振り出す旨の記載が存するが、右《証拠省略》から、右各約束手形の振出人である朝日屋商店は右振出当時既に多額の負債をかかえ事実上債権者の管理下にあったこと、裏書人であるアラスカ商会も当時既に不渡手形を出している状況にあったことなどから、本件各約束手形は本件準消費貸借契約の証拠ないしせいぜい担保のために振り出されたもので、被告も右各約束手形を取立てのために銀行にも回わしていないことが認められる。

したがって、本件各約束手形は支払のために振り出されたものとは認められず、本件準消費貸借の弁済期日の定めは、特になく、手形の支払期日まで猶予されたとは認められず、期限の定めのない債権というべきで、消滅時効期間の起算点は、右契約の成立時点である昭和四九年一一月三〇日ということになり、右同日から既に五年を経過している。

(三)  同2の(三)は、当裁判所に顕著な事実である。

したがって、再抗弁2は理由がある。

四  再々抗弁について

1  再々抗弁事実中、原告が、昭和五四年一一月六日、被告に対し、被告主張の内容証明郵便を送付した事実は、当事者間に争いがない。

《証拠省略》並びに右争いのない事実から、原告は、被告に対し、本訴請求と同じく被担保債権の不存在と仮登記手続だけをする特約の存在を理由に本件抵当権設定登記手続の抹消登記手続を求めるために、昭和五〇年六月初旬に被告に対し通知書(甲第一号証の一)を送付し、更に昭和五四年一月には被告を相手方とし東京簡裁に調停の申立てをしているが、右調停中に、被告主張の同年一一月六日付の内容証明郵便(乙第五号証)を被告に送付し、本件抵当権設定登記の抹消に目的があるとはいえ何らの条件も付さないで被担保債権の存在を承認し、物上保証人として代位弁済をする旨を申し込み、被告に右登記の抹消の意思の有無の回答を求めている事実が認められる。

右認定から、原告は、右昭和五四年一一月六日ころ、被告に対し、本件準消費貸借に基づく借受金債務の存在を承認したものというべきであり、右認定に反する《証拠省略》は採用できない。

したがって、原告の右申込みは、原告において、時効の完成を知っていれば時効の利益の放棄をしたというべきで、仮にその完成を知らなかったとすれば信義則上以後時効の援用をすることは許されないものというべきであり、いずれにしろ、原告は時効の援用をすることは許されないことに帰し、時効の援用を許されない旨の再々抗弁は理由がある。

以上の次第で結局、再々抗弁が理由があり、消滅時効の再抗弁が理由がないこととなり、被告の抗弁が理由にあることに帰するので、原告の請求は理由がないことに帰する。

五  以上の次第で、被告に対し本件抵当権設定登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は理由がないことに帰するので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用することとし、主文のとおり判決することとする。

(裁判官 宮﨑公男)

〈以下省略〉

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